ダイズ種子のさまざまな着色のふしぎ

研究内容

図1 種皮を半分むいたダイズ種子
   黄ダイズ(左)と着色ダイズ(右)
図1 種皮を半分むいたダイズ種子 黄ダイズ(左)と着色ダイズ(右)
図2 様々な色や模様のダイズ種子
図2 様々な色や模様のダイズ種子

植物ゲノム学研究室で行っていること

 日本を含め、世界のダイズ品種は黄色いダイズ(黄ダイズ)が主流です。黄ダイズが黄色く見える理由は種子の皮(種皮)が着色されないからです(図1)。

 一方、おせち料理で定番の黒豆をはじめ、茶豆や赤豆のような着色ダイズもダイズですが、これは種皮が着色し、中の子葉は黄色です。このようにダイズには様々な色があり、それが種皮の着色によって決定されます。ちなみに緑のダイズ種子は子葉や種皮の葉緑素が分解されずに残ったためで、着色ダイズ種子とは異なります。

 さらにダイズ種子には、色だけではなく、様々な着色パターンもあります(図2)。つまり、全面が着色(全面着色)、へそとその周辺のみが着色(クラカケ着色)、へそだけが着色(へそ着色)、全く着色されないなどの着色パターンがあります。

 私たちは、このようなダイズ種子の着色機構について研究しています。

図3 着色ダイズ種子の断面(トルイジンブルーO染色)
図3 着色ダイズ種子の断面(トルイジンブルーO染色)

着色ダイズ種子を薄切し、青い染色剤(トルイジンブルーO)で染色した切片を光学顕微鏡写真で観察した。種皮細胞層の一番外側の層である柵状細胞層にある濃青色の顆粒(赤い矢印)が着色物質であると考えられる。

ダイズ種皮組織の顕微鏡観察

 着色ダイズ種子は種皮に着色物質が蓄積することがわかっています。しかし、種子発達のどの段階で着色物質が蓄積し始め、どのように着色が進んでいくか、詳細は分かっていません。本研究室ではダイズ種皮の組織観察を行い、ダイズ種皮における着色物質の蓄積様式について研究を進めています。

 種皮を着色する物質は主にアントシアニンとプロアントシアニジンであると考えられています。成熟したダイズ種皮組織はいくつかの層に分かれています(図3)。ダイズ種皮の組織構造の発達は開花後約1か月前後にはほぼ完了していると考えられています。未熟な着色ダイズ種子を薄切し、トルイジンブルーOで染色した切片を観察すると、図3のように柵状細胞層と呼ばれる部分に青く染色された顆粒状の物質の存在が確認できます。これが種皮の着色に関与している物質と考えられます。

図4 ダイズの祖先と考えられているツルマメ
図4 ダイズの祖先と考えられているツルマメ

(左)植物体、赤い茎の植物体ではなく、蔓で巻き付いている方の植物体です
(右)ツルマメとダイズの完熟種子

種皮着色に関与する遺伝子

 ダイズの種皮着色には I RT の少なくとも3つの遺伝子座が関与していると考えられています。R 遺伝子座とT 遺伝子座には着色物質と考えられているアントシアニンやプロアントシアニジンの種類を決める遺伝子が存在し、これらの遺伝子の組み合わせによって、黒色、茶色、不完全黒色、褐色などの種子がつくられます。

 I 遺伝子座は種皮における着色場所を決定します。つまり、遺伝子型が i / i のダイズ個体では、RT の遺伝子型に対応した着色ダイズ種子がつくられます。一方、I / I のダイズ個体では、RT の遺伝子型に関係なく種皮が全く着色されない黄ダイズ種子がつくられます。 ii / ii のダイズ個体では「へそ着色」、 ik / ik のダイズ個体では「クラカケ着色」の種子がつくられます(図2)。このように I 遺伝子座はR遺伝子座やT 遺伝子座とは異なり、種皮の着色パターンを決めているのです。

 ちなみに…ダイズの祖先は何色?ツルマメ(Glycine max subsp.soja)は川原で簡単に見つけられる雑草ですが、ダイズの祖先はこのツルマメであると考えられています(図4)。ツルマメの種子を見ると全面が黒く着色されています(図4)。このことから、ダイズ種子はもともと着色ダイズ種子であり、黄ダイズ種子は栽培進化の過程で生じたと考えられています。

図5 CHS 遺伝子のRNA干渉による黄ダイズの種皮着色抑制
図5 CHS 遺伝子のRNA干渉による黄ダイズの種皮着色抑制

CHS (カルコンシンターゼ)は種皮着色物質の合成に重要な酵素である。
左 : 黄ダイズの種皮では、CHS 遺伝子の転写によって作られる CHS mRNAが、RNA干渉によって分解される。これにより種皮の着色物質が合成できなくなり、種皮が着色されない。
右 : 着色ダイズの種皮ではCHS 遺伝子のRNA干渉が起こらずCHSタンパク質が十分に生産されるため着色物質が合成され、種皮が着色される。

黄ダイズの種皮着色抑制は
CHS 遺伝子のRNA干渉による

 それでは、黄ダイズでどのようにして種皮の着色が抑制されるのでしょうか?
 種皮着色物質と考えられているアントシアニンやプロアントシアニジンを作り出すのに重要な経路がフラボノイド生合成経路ですが、黄ダイズの種皮ではその第一反応を触媒する酵素であるカルコンシンターゼ(CHS)の活性が低下しています。つまり、黄ダイズ種皮ではCHSの活性低下により着色物質の生合成が阻害され、着色が抑制されるわけです。

 私たちは、黄ダイズ種皮のCHS活性低下がCHS 遺伝子のRNA干渉(RNAi)によることを明らかにしました。RNA干渉とは、遺伝子の発現がRNAレベルで抑制される現象で、黄ダイズ種皮ではCHS 遺伝子の転写産物(CHS mRNA)がRNA干渉により分解された結果、CHSタンパク質が十分につくられず、CHS活性が低下します(図5)。

 RNA干渉はもともとウイルスに対する防御機構であると考えられています。そのため、RNA干渉はウイルス感染・増殖等が引き金となって働く(外因性RNA干渉)と考えられていますが、黄ダイズではウイルス防御機構とは全く別に、RNA干渉が種皮着色抑制という別の目的で利用されています。種皮着色抑制の目的で働くCHS 遺伝子のRNA干渉は黄ダイズゲノムにコードされる I 遺伝子によって、種子形成期に自然に引き起こされるのです(内因性RNA干渉)。

図6 黄ダイズ種皮におけるCHS 遺伝子のRNA干渉誘導の模式図
図6 黄ダイズ種皮におけるCHS 遺伝子のRNA干渉誘導の模式図

GmIRCHSCHS 遺伝子の一部とその相補配列が互いに向かい合った構造をしている。GmIRCHS が転写されると CHS 遺伝子の二本鎖RNAが形成される。
この二本鎖RNAは Dicer によって分断され、21塩基か22塩基の小さなRNA (siRNA) が作られる。この小さなRNA (siRNA) がタンパク質複合体をCHS mRNAに誘導する。

黄ダイズの種皮で
CHS 遺伝子のRNA干渉が起こる仕組み

 黄ダイズ種皮では、CHS 遺伝子のRNA干渉がどのようにして起こるのでしょうか? 黄ダイズでは種皮着色抑制遺伝子である「 I 遺伝子」の存在が1920年代から示唆されてきました。私たちは I 遺伝子の候補領域である 「GmIRCHS」 を単離しました。GmIRCHSCHS 遺伝子の一部配列とその相補配列が互いに向かい合った特徴的な構造をしています。この部分からRNAがつくられると、CHS 遺伝子配列とその相補配列が対合し、2本鎖RNAが形成されます。この2本鎖RNAはDicerと呼ばれるRNA分解酵素によって21塩基から22塩基の非常に短い2本鎖RNA断片(siRNAといいます)に分断されます。このsiRNAのうち、1本鎖siRNAのみがタンパク質複合体に取り込まれます。CHS 遺伝子の相補配列を有する1本鎖siRNAを取り込んだタンパク質複合体がCHS mRNAに誘導されます。タンパク質複合体は mRNAを切断する活性を持つため、CHS mRNAが切断され、切断CHS mRNAが分解されることでRNA干渉が起こると考えています(図6)。

写真 いろいろな色の大豆

黄ダイズから生じる着色種子とは?

 ある黄ダイズ品種の種子を植えればそれと同じ品質の黄ダイズ種子が生産できます。もし、黄ダイズ栽培集団中に色のついたダイズ種子が生産されれば大きな問題です。しかしながら、黄ダイズの栽培集団中にまれに予期しない着色種子を生じることがあるのです。この現象は黄ダイズの商品価値を著しく下げてしまいます。

 黄ダイズの予期しない着色とは何でしょうか?それは次の3つがあります。
 ① 種皮着色突然変異 ② ウイルス斑紋 ③ 低温着色(図10)

①は種皮着色抑制遺伝子である I 遺伝子に突然変異が起きることにより、種皮着色抑制機能を失い、全面着色種子が生産される現象です(図7)。

 ②はダイズモザイクウイルス(SMV)やキュウリモザイクウイルス(CMV)などの特定の植物ウイルスが黄ダイズ植物体に感染した場合、生産種子に部分的な着色すなわち「斑紋」が現れる現象です。斑紋程度が大きいと全面着色種子のように見えることもあります(図8, 9)。

 ③は開花後の低温によって、へそやその周りが着色される現象です(図10)。

 これらはいずれも黄ダイズの種子品質を大きく低下させ、大きな問題となります。

図7 黄ダイズ(左)とその種皮着色突然変異体の種子(右)
図7 黄ダイズ(左)とその種皮着色突然変異体の種子(右)

黄ダイズがもっている種皮着色抑制機能が突然変異により失われ、全面着色種子が生産されるようになる。

①種皮着色突然変異体

 これは I 遺伝子の突然変異によって種皮着色抑制機能が失われるために生じてしまいます。私たちは I 遺伝子の候補領域である GmIRCHS が種皮着色突然変異体でどうなっているかを解析しました。その結果、複数の種皮着色突然変異体でいずれも GmIRCHS が全くなくなっている、もしくは部分的になくなっていることが明らかになりました。興味あることは、GmIRCHS の特徴的な構造である、CHS 遺伝子の一部配列とその相補配列が互いに向かい合った構造が消失しているということです。この構造はCHS 遺伝子のRNA干渉を起こすのに重要であるため、その消失により種皮着色抑制機能が失われ、着色ダイズ種子を生産すると考えられます。

図8 黄ダイズ(左)とSMV感染による斑紋種子(右)
図8 黄ダイズ(左)とSMV感染による斑紋種子(右)

ウイルスが作り出すサプレッサーにより種皮着色抑制機構が阻害され、種皮の一部が着色し、斑紋になると考えられる。

図9 ウイルスによる斑紋形成の分子機構
図9 ウイルスによる斑紋形成の分子機構

②ウイルスによる斑紋形成

 植物にウイルスが感染した場合、多くの植物では種子を経ることでウイルスは除去されます。しかし、マメ科植物では種子にも伝播するものがあり、中でもダイズモザイクウイルス(SMV)やキュウリモザイクウイルス(CMV)などのウイルスは感染種子に斑紋を形成させてしまうため、黄ダイズの品質を著しく低下させてしまいます(図8)。なぜ、これらのウイルスは黄ダイズ種子に斑紋を形成させてしまうのでしょうか?私たちは北海道大学大学院農学研究院の増田税先生のグループと共同で、この謎を解明しました。

 RNA干渉はRNAウイルスに対する防御機構と考えられていますが、植物ウイルスの中には、RNA干渉に対抗してそれを阻害するタンパク質(サプレッサー)を作り出すものがいます。興味深いことに、SMVやCMVはいずれもサプレッサーを作り出します。
一方、黄ダイズは CHS 遺伝子のRNA干渉によって種皮の着色が抑制されます。

 これらの事実から、ウイルスによる黄ダイズ種子の斑紋形成の分子機構は図9のように考えられます。

図10 黄ダイズ(左)と低温着色種子(右)
図10 黄ダイズ(左)と低温着色種子(右)

主にへそ(さやとの結合部)やその周辺が着色する。開花後から着莢期のある一定期間の低温により、種皮着色抑制機構が阻害され、種皮着色が生じる。

③低温着色(低温種皮着色)

 黄ダイズの着色現象には、突然変異やウイルス以外に低温によるものがあります。
これは、ダイズ植物体が開花期後から着莢期(さやをつける時期)のある一定期間に低温(およそ15℃以下)にさらされると、へそやその周りが着色してしまう現象です。この現象を低温着色(低温種皮着色)とよびます。低温着色は黄ダイズ種子の品質を低下させるため、北海道東部で大きな問題となっています。興味あることにウイルスサプレッサーと同様、低温もRNA干渉を阻害することがわかってきました。

 私たちは、低温着色が「低温によるCHS 遺伝子のRNA干渉の阻害」が原因であることを解明しました。つまり、開花後の種子形成初期に低温にさらされることにより、CHS 遺伝子の siRNA の生成が抑制され、RNA干渉が阻害されます。その結果、CHS 遺伝子の転写産物量が上昇し、へその周りの細胞が着色されるようになったのが低温着色と考えられます。

教員紹介

千田 峰生 - Mineo Senda -

 農学は医学、工学、理学のような華やかさはありません。でも「食」という人間にとってもっとも重要な部分を担っています。日本は食糧自給の半分以上を海外に依存しているという深刻な問題を抱えています。にもかかわらず、日本では「農」という言葉が軽んぜられる今日この頃。こんな状況のなかであえて農学をめざす若者は流行に左右されない、しっかりした考えをもっている人と思います。また、地道な作業ですので圃場と実験室レベルの仕事をこつこつとこなすことができる人が向いています。近年、遺伝子研究の進展はめざましいものがあります。土や試薬にまみれながら、華やかさを求めず、地道に作物の生命現象を遺伝子レベルで解明していきましょう。

専門分野及び研究概要

  • 黄ダイズの種皮着色抑制に関する分子遺伝学的研究
  • マメ科植物の種皮着色変異体の発生メカニズムに関する分子遺伝学的研究

学位

  • 農学修士(1989年 北海道大学)
  • 博士(農学)(1993年 北海道大学)
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