糖鎖工学分野

Department of Biochemistry and Biotechnology, Faculty of Agriculture and Life Science, Hirosaki University

Laboratory of Glycotechnology


2003.04.25〜



スタッフ

(応用生命工学科 細胞工学講座 微生物工学研究室 糖鎖工学チーム)

教  官  吉田 孝(助教授) ytakashi@cc.hirosaki-u.ac.jp
大学院生  2名
学部生  4名
 

【キーワード】

糸状菌、軟体動物、糖鎖、糖質分解酵素、マンノシダーゼ、セルラーゼ、タンパク質工学

 

《序章・糖鎖とは?》

私達が服を着て生活しているように、動物・植物やカビ・酵母などが作り出すタンパク質の多くには炭水化物(糖鎖といいます)が結合しており、タンパク質を包み込むように存在している例が数多く見られます。このように、糖鎖の付いたタンパク質を「糖タンパク質」と呼びます。例えば私達が満員電車の中で誰かにぶつかったとすると、その時、最初に触れあうのはお互いを包んでいる「服」ですね。これと同じように、糖鎖は糖タンパク質が何か別の分子と遭遇する際に、最初に接触する部分、という事ができるでしょう。

私達は、スキーをする時はスキーウェア、泳ぐ時は水着、寝る時はパジャマ、仕事をする時はスーツ、という具合に、目的や居場所に応じて服を変えますね。これと同じ事が生物の世界でも起こっています。細胞の外側に突き出した糖鎖は、その細胞の状況・・・旺盛に分裂している、特定の器官に分化している、などによって形が変化する事がわかってきました。糖鎖はしばしば、糖タンパク質が生体内のどこに配達されるか、などにも係わっていると考えられています。血液細胞の表面に突き出した糖鎖は「血液型」として分類されており、幾つかの分け方の1つには、「ABO型」も登場します。糖鎖はかつては形の不確定な、よくわからない物質の一群、と見なされていたようですが、その役割の重要さから、現在では糖鎖の形と生物機能との相関をさぐる学問・・糖鎖生物学が誕生し、成長を続けています。また、人工的に糖鎖を作り出していこうとする学問・・糖鎖工学も、有機合成化学の研究者達を巻き込んで、膨らみつつあります。

 

《研究紹介》

現代のライフサイエンスやバイオテクノロジーの分野では、「糖鎖」や「酵素」という言葉はそれぞれが深く大きな研究領域を形成しています。そういった中で研究する我々の中心コンセプトは「糖鎖と酵素の関わりあい」です。それを分子レベルで調べるもよし、細胞レベルで追いかけるのもよし。日常の実験で扱う素材はカビとホタテ貝。少々かけ離れて見えますが、糖鎖と酵素の関わり合いという点からはいずれも捨てがたいものがあります。面白そうなものを掴んだまま放さずにいたらこうなった、というところです。

 

1. 糸状菌の糖タンパク質の糖鎖プロセシング酵素について

 

《まずは基本から → 糖質用語の基礎知識》

グルコースのような糖を単糖といいます。単糖と単糖がつながると二糖、さらに三糖、四糖、、などオリゴ糖となり、さらに沢山つながると多糖となります。糖にはグリコ(glyco-)という接頭語が用いられ、糖と糖との結合を一般にグリコシド結合、その結合を切る酵素をグリコシダーゼ、グリカナーゼなどと呼びます。単糖のうち、炭素原子5個からなるものを総称して五炭糖(ペントース pentose)、6個からなるものをまとめて六炭糖(ヘキソース hexose)と呼びます。グルコース、マンノース、ガラクトースなどは六炭糖で、炭素に結合している水酸基(-OH)の向きが少しずつ異なっています。単糖の名前につくグルコ、マンノ、ガラクトなどはいずれも接頭語として、糖が結合してできる結合や、それを切る酵素の名前に用いられます。
例) グルコース → グルコシド結合、グルコシダーゼ、グルカナーゼ
   マンノース → マンノシド結合、マンノシダーゼ、マンナナーゼ
   ガラクトース → ガラクトシド結合、ガラクトシダーゼ、ガラクタナーゼ

 

《基本その2 → 糖鎖のできる仕組み》

糖鎖は大きく分けるとアスパラギン結合型(N型)とセリン・スレオニン結合型(O型)に分けられます。O型糖鎖の生合成は、付けてまた付ける、という糖転移酵素反応の繰り返しで糖鎖が伸長しますが、一方のN型糖鎖の生合成には、付ける、削る、また付ける、というパターンが見られます。N型糖鎖の場合、始めに或るまとまった糖鎖ブロックが作られ、タンパク質の特定のアミノ酸(アスパラギン)にブロック転移します。これに特異性の高い分解酵素(エキソグリコシダーゼ)が作用して、コアとなる形まで削ります(トリミングと呼びます)。さらに動物などの場合、コア糖鎖に対して様々な糖転移酵素が糖を付け、複雑な末端構造が作られる事がわかっています(図1)。


(図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します。))

 

《マンノシダーゼとは?》

マンノシド結合を切断する酵素がマンノシダーゼですが、我々が追いかけているのは少々個性的な酵素です。マンノシド結合には幾通りかの様式があり、その中で「マンノースの1番目の炭素から出た腕が隣のマンノースの2番目の炭素にα型で結合したもの」を1,2-α-マンノシド結合と呼びます。世の中には風変わりな酵素があるもので、青カビのつくる沢山の酵素の中から、1,2-α-マンノシド結合だけしか切らない酵素、すなわち1,2-α-マンノシダーゼという珍しい酵素が見つかりました。これが我々の一つ目のターゲットです。好き嫌いが激しいのはヒトでは困りもの(?)かもしれませんが、実は1,2-α-マンノシダーゼという酵素、動物細胞ではN型糖鎖生合成プロセスのうち、初期の糖鎖トリミング(削る、に相当する)に関わっており、とても重要な酵素の一つです。ヒト、マウスなど動物の他、植物、昆虫、真核微生物などの酵素が調べられています。糸状菌(いわゆるカビ)ではこれまでにPenicillium、Aspergillus、Trichodermaなどについて酵素ならびに遺伝子の解析が行なわれましたが、構造データも少なく、又、糸状菌の中で実際にどのような役割を果たしているかなど、まだまだ分からない事だらけです。以下に、青カビP. citrinumの1,2-α-マンノシダーゼ の結晶構造ならびに高マンノース型糖鎖に対する作用特性の解析について概説します。


(図をクリックすると新しいウインドウで拡大表示します。)

 

《1,2-α-マンノシダーゼをたくさん作るには?》 

青カビ P. citrinum の1,2-α-マンノシダーゼは、もともとは生産量の非常に少ない、微量しか精製されない酵素でした。そこで我々は酵素遺伝子(msdC)をクローニングした後、この遺伝子を別の麹菌Aspergillus oryzaeに入れてマンノシダーゼ高生産株を作ろうと考えました。この時、msdC遺伝子はタカアミラーゼという酵素遺伝子の調節部分(amyBプロモーター)の制御を受けるようにデザインしました。amyBプロモーターは麹カビがデンプンを食べる時に盛んに転写されるプロモーターです。msdC遺伝子の入ったカビ(形質転換株といいます)をデンプン培地で生育させると、菌は盛んにamyBプロモーターのスイッチを押し続け、その結果マンノシダーゼがたくさん作られる、という仕組みです。こうして作り出された改良型麹カビ(PM1株)は予想通り大量のマンノシダーゼを培地中に放出し、1リッターの培地から数十ミリグラムもの1,2-α-マンノシダーゼが手に入るようになりました。一般にタンパク質を大量生産するには、どんな酵素でも同じ方法で高発現できるわけではなく、それぞれの酵素に最も適した発現系が見つかるまで試行錯誤する事になります。マンノシダーゼの場合も実はそれ以前にいろいろ試しましたがどれも今ひとつで、最後に麹菌の発現系を試した時に最も高い生産量が得られたわけです。尚、この過程で開発されたマンノシダーゼの高生産技術は、創価大学工学部の一島英治教授らにより黒麹カビの1,2-α-マンノシダーゼの大量生産にも利用され、民間企業により量産された組換え型マンノシダーゼが市販されるようになりました。

市販されたマンノシダーゼ(糖鎖の絵に少し訂正があります) (生化学工業(株)研究用試薬情報)

 

《結晶構造を調べる》

PM1株の培養液から1,2-α-マンノシダーゼを精製し、高純度となった酵素を用いてタンパク質結晶作りに挑みました。その結果、hanging-drop式蒸気拡散法という方法で最初の結晶ができました。これにX線ビームを当てたり重金属置換を試みたり、いろいろな試行錯誤を約1年半ほど行った末に、分解能2.2ÅのX線回折データを取得しました。重金属置換はどうしても無理だったので、少し先に解析の終わったヒト小胞体(ER)マンノシダーゼの原子座標を分子置換法の参考として青カビ1,2-α-マンノシダーゼの結晶構造をついに決定しました(図2)。この酵素は(αα)7-バレル型構造を有し、活性中心付近のアミノ酸残基の空間的配置はヒトERマンノシダーゼとほぼ重複していましたが、基質になる糖鎖がより多くの自由度をもって活性中心に適合できる事がわかりました。


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《カビ酵素によるN型糖鎖トリミング》

生体内での物質レベルの認識には複合糖質の糖鎖の形がきわめて重要な役割を演じています。アスパラギン結合型糖鎖のうちの高マンノース型糖鎖(Man9GlcNAc2、HMと略します)は真核生物では最も基本的な糖鎖の1つですが、マンノース残基が1つ減るごとに幾つかの構造異性体を生じます(図3)。

 先に述べたように、真核生物のN-型糖鎖プロセシングにはα-マンノシダーゼによるHMの刈り込みというステップが含まれます。カビの近縁の微生物である酵母の小胞体には、少し性質の違う1,2-α-マンノシダーゼがあります。この酵素はM9の4ケ所の1,2-αマンノシド結合のうちの、特定の1箇所のマンノース残基しか切断しないことがわかっています。この場合、生成したM8A糖鎖に幾つかの酵素が作用し、酵母細胞壁の主成分であるマンナンという多糖が作り出されます。ではカビではどうでしょう?青カビや麹カビの1,2-α-マンノシダーゼのHMトリミング様式を詳細に解析した結果、カビの場合はM9 → M8B + M8C → M7D →M6C → M5というパターンで糖鎖トリミングが進むことがわかりました。カビの1,2-α-マンノシダーゼは構造的には酵母小胞体の酵素とよく似ていますが、HMの刈り込み方では酵母と大きく異なり、基質特異性という点ではむしろ動物細胞ゴルジ体にあるα-マンノシダーゼIBという酵素と非常に似ている事が明らかになりました(図4)。一方これとは別に、糸状菌から調製した膜画分中に、M9→M8Aへの変換を行なう別の(酵母小胞体型の)α-マンノシダーゼ活性を発見しました。これらの情報を総合すると、糸状菌は少なくとも糖鎖を「削る」プロセスにおいては、動物に近い酵素系を有しているという結論を得ました。 


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《なぜカビにこだわるのか?》

我々はこれまでに上記のようなグリコシダーゼの研究を進めて来ました。その過程で定まってきた研究アプローチの一つの方法は、異種微生物を利用したタンパク質(酵素)の大量発現系を用いるということです。本来は極微量なα-マンノシダーゼが、遺伝子をクローニングし、タンパク質高発現宿主に遺伝子を組み込む事で、酵素の大量生産が可能となり、様々な解析と利用が可能になりました。糸状菌は昔から工業スケールでの酵素生産に用いられており、うまく適合した場合には培地1リッター当たり数百ミリグラムの分泌も期待できます。まさにタンパク質生産のチャンピオンといっても過言ではないでしょう。
我が国では昔から醸造・酵素生産などに大活躍の糸状菌ですが、糸状菌の中には感染症を引き起こしたりアフラトキシンを作ったりする嫌われ者のグループもあり、欧米ではそちらの研究の方が盛んです。世界の大半では嫌われがちの微生物を巧みに選別し、生活や産業の中に取り入れてすばらしい文化を作り上げたという点で、アジアの国々、その中でも日本は非常にユニークな国といえるでしょぅ。日本人は糸状菌利用に関しては歴史的な優位性があるにもかかわらず、(一部の関係者を除いて)多くの人々はカビ自体のことにはあまり関心を払わずにきたようです。そのため今になって大きなツケがまわってきました。カビの持つタンパク質の高生産能力や遺伝子資源としての未開拓さに注目した海外の企業や研究グループが、1990年代後半に幾つかの糸状菌のゲノム解析を始めました。酵素遺伝子の高発現に欠かせない高性能プロモーターが、外国で特許化され始めました。我が国はカビ利用では先頭集団を走っていましたが、遺伝子の網羅的解析、有用遺伝子の特許化などカビの遺伝情報に関する研究活動ではポールポジションを奪われてしまいました。何でも先に特許を出して他者の使用を制限するビジネスの鉾先は、日本で千年以上も育まれてきた微生物にも向けられるようになりました。糸状菌の遺伝子やプロモーターをめぐる特許競争は水面下ですでに始まっており、「味噌・醤油や日本酒が日本で造れなくなる日」は大袈裟すぎる冗談でもなくなってきました。
このような状況に危機感を抱いた我が国の産・官・学の関係者達が協力し、麹菌遺伝子を守ろうと20世紀の終わり近くにAspergillus oryzae ゲノムプロジェクトをスタートさせました。2002年には約17000クローンのEST解析が終了し、およそ5000遺伝子の部分データが集まりました。カビの「中で起こっている事」を解析する準備は整ったといえるでしょう。糸状菌が大量に生産する酵素の大半には糖鎖が付いています。それらがどのようなメカニズムで作られたり削られたりするか、わからない事がまだまだ沢山あります。それらの未知を少しでも解明できたらと願いつつ、我々は研究を進めています。

 

 

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