水田土壌の微生物について

メタンガス発生源としての水田

我が国の主食である米の栽培は日本ではほぼすべて水田で行われる。従って、日本 では都市部を離れると水田がどこでも見られる。米を主食としない国の人が日本を訪れて印象深く 感じるのがこの水田の風景であるという。また都市部で生まれ育った日本人でも、田園風景をみる と懐かしく感じる者は多い。しかし、この水田が、温室効果に影響を及ぼしていることは殆ど知ら れていない。水田は高い温室効果を示すメタンガスの主要な発生源なのである。水田は年間を通し て一面に水をはった湛水期間と水を落とした落水期間があり、畑地などの常に好気的な条件の土壌 とは異なる物質変換を示す。湛水期間は人為的な攪乱が無い限り田面水と接して酸素の流入する土 壌表面の数ミリメータを除き土壌は嫌気的な条件に保たれる(上図)。これは視覚的にも明確に区別 出来る。田面水と接する部位は赤褐色をしており、その直下から青灰色を呈している。赤褐色の層を 酸化層、青灰色の層を還元層という。この還元層での有機物は嫌気微生物によって行われ最終的に 古細菌であるメタン生成細菌によってメタンガスと炭酸ガス にまで分解され、メタンガスはその大部分が大気中に放出されるのである。地球上で放出されるメタ ンガスのうち20%が水田から放出されている。

物質変換と微生物

水田土壌への有機物の供給は稲藁の鋤こみや堆肥の施用という形で供給されたり、一次生産者(藻類 、藍藻類)の死骸や動物プランクトンの糞塊が沈降することによって供給される。畑地などの好気的な土 壌では、主に、糸状菌(黴)、細菌などが大気中から土中に供給される酸素を用いて有機物を酸化、分解 されるが、水で覆われた水田土壌の場合、表層の僅かな層を除き還元状態にある。そのような条件の場合、 有機物は嫌気微生物によって分解無機化される。下図にその分解過程と分解に関与する微生物を示す。

 

 

メタン生成までの過程

すでに述べたように水田土壌は湛水、落水が繰り返されるという特殊な環境にある。すなわち反芻動物 のルーメンは嫌気消化層のようにつねに嫌気的な条件にあるわけではないので、湛水後、速やかに上に示し た有機物の分解が生じるわけではないのである。春期に土壌が耕起され湛水される。その後、有機物分解に よる酸素の消費がおこり、田面水と接していない土壌は嫌気的になるが、メタン生成が可能な酸化還元電位 (-200mV以下)に達するには夏期(7月〜8月)になる。この時期には盛んに水田からメタンが発生する。

 

研究テーマとの関連

 湛水水田土壌において有機物質が図2のように分解されることは土壌化学的には確かめられている。 また、それぞれの有機物の分解に関与していると思われる微生物(の一部)も分離はされている。しかし ながら生態については殆どわかっていないのが現状である。

 有機物の最終分解者であるメタン生成細菌を基質利用の面からみてみると、水田から発生するメタ ンは80%が酢酸由来で残りの20%は水素・炭酸ガス由来であるとされている。酢酸を利用する菌として 水田からはMethanosaeta Methanosarcina が分離されている(表1)。Methanosaeta sp.は酢酸のみを基質とするがMethanosaricina sp.は酢酸をはじめとしてメタノール、水素・炭酸ガス、メチル化合物(トリメチルアミン、メタノー ル等)、蟻酸など他種類の基質を利用してメタンを生成出来る。試験管内ではメチル化合物の利用性が最 も高く、酢酸を基質とした場合の増殖は非常に弱い。しかしながらMethanosaricinaMethanosaetaの酢酸利用性を検討するとMethanosarcinaの方がMethanosaeta よりも増殖速度が大きい。この結果からは結局水田土壌ではどちらが主体となって酢酸をメタンに変換して いるのか、あるいはどちらも同じように分解しているのかは判断は出来ない。なぜなら試験管内の培養では 土壌の環境を忠実に再現することが出来ないからである。水田土壌という場をみてみると畑地のような 団粒の発達はみられないが、それでも、植物遺体が存在してたり水稲 根が土壌中に張り巡らされていたりして、決して一様ではない。水稲根は土壌への有機物の供給に大きな役 割を果たしているとされ、実際、水稲根面では供給される有機物を利用しているのかは定かではないが、好 気性嫌気性の細菌が多数存在していることがわかっている。このような環境を試験管内で再現することは至 難であり、結局、現段階では培養実験によって実際の環境ではどのように活動しているのかを推測するしか ないのである。ここにあげたMethanosaetaMethanosarcinaはいづれも水田土壌からの 分離例はあるがそれらの菌株の水田土壌における生態を解明するための研究は殆どなされていない。培養条 件の検討すら不十分なのである。従って、水田土壌における酢酸分解メタン生成細菌に限っても研究すべき 余地は数多く残っているのである。

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